【DDT】20周年・佐々木がデスペラードとのタッグで快勝 「今日はバンドの正式デビュー、次は武道館を目指す」 2025/10/2
『CHARISMANIAxMANIAxMANIA』後楽園ホール(2025年10月2日) 佐々木大輔デビュー20周年記念試合 ○佐々木大輔&エル・デスペラードvs石川修司&アントーニオ本多× 佐々木がデビュー20周年記念試合で新日本のIWGPジュニアヘビー級王者・デスペラードとのタッグで石川&本多に快勝。「今日はバンドの正式なデビューだから、次は武道館を目指す」と宣言した。 佐々木はディック東郷が主宰したプロレススクール「SUPER CREW」に1期生として入校し、2005年10月22日にデビュー。翌年からのメキシコ修行でルチャリブレを学び、帰国後の2008年よりDDTに参戦。2011年、2012年と新日本の『BEST OF THE SUPER Jr.』に2年連続出場。2016年4月に初戴冠を果たして以来、KO-D無差別級王座を通算3度腰に巻いた。ヒールながら卓越したレスリングテクニックを持ち合わせ、プライベートでは酒とロックをこよなく愛する男だ。 今大会にはDAMNATION T.Aのメンバーを筆頭に、師・東郷、同期生のKUBITO、勝見尚宏、縁が深かった藤田ミノル、大和ヒロシ、宮本裕向らも出場。佐々木はこの日のオープニングに自身がボーカルを務めるロックバンド「CHANNEL D」のメンバーとして登場。熱唱で記念大会の幕開けを告げた。第2試合後には佐々木と親交の深いバンド「HEAD PHONES PRESIDENT」が生ライブを披露した。 メイン前、「VANISHING」がライブを行い、佐々木は生演奏によるテーマ曲「helvetti」に乗って登場。その隣に立ったデスペラードとは2023年7・23両国大会で一騎打ちを行い意気投合。2年余の月日を経て相思相愛タッグを組むことになった。対峙するのは元DAMNATIONメンバーの石川と、佐々木のプロレス人生において欠かせない男・本多の2人。8・30墨田区大会で脇腹を骨折して欠場していた佐々木は記念試合が1ヵ月ぶりの復帰戦となった。 開始早々、本多がつまずき、「創作昔話ごんぎつね」を披露しようとしたが、佐々木が阻止。ならばと石川が場外で佐々木をジャイアントスイングでぶん回すなど大暴れをみせた。その後、佐々木は負傷箇所の脇腹を狙われ、苦しい展開が続き、デスペラードも本多シャイニングごんぎつねを食らった。 佐々木とデスペラードも石川にサンドイッチ攻撃で反撃するものの、佐々木が狙ったタカタニックは決まらず。本多が鼻つまみ、バイオニックエルボー、TTD、ダイビングフィストドロップと怒とうの攻めに出て、佐々木はピンチを迎えた。 するとデスペラードがカットに飛び込み、本多にピンチェ・ロコを敢行。佐々木もダイビングエルボードロップを投下した。本多がナックルパンチによる殴り合いに持ち込んでも、レフェリーの死角を突いての急所蹴りで返り討ち。ミスティカ式クロスフェースで捕らえると、ミスティカ式クロスオーバーフェースロックに移行してギブアップを奪った。 佐々木が記念試合を自らの勝利で飾った。試合後、「HEAD PHONES PRESIDENT」の面々がリングに上がり、佐々木に記念品を贈呈。マイクを持った佐々木は「プロレスって痛いですね。1ヵ月ぶりのプロレスは痛いし、疲れるし…。10月22日で20周年。プロレスは20年やっても飽きないね」と振り返ると、「やっぱり俺の人生はここに立つしかないみたいだし。今日はバンドの正式なデビューだから、次は武道館を目指す。作戦通り、デスペラードにおんぶにだっこで勝った」と武道館進出をぶち上げつつ勝ち誇った。 そして佐々木は首の負傷で療養中の高梨将弘に言及。「オイ、マサ! 見てんのか? お前をここで待つとか言わねぇ。お前はお前で生きろ! 俺は俺でここで生きる。生きてたら、またそのうち会えるだろう。だからとにかく生きてろ!」とと戦友にエールを送った。最後に「お客さんもそうだ。みんな生きて、またここで。いや、違う。武道館で会おう。今日だけは言うよ、サンキュー!」とこの日ばかりはファンに感謝して締めた。 バックステージではノーサイド。4人でコメントスペースに現れ、佐々木は「俺はバンドに専念する。20年後、40周年でこのメンバーで会おう!」とデスペラード、石川、本多にメッセージを送った。
『CHARISMANIAxMANIAxMANIA』後楽園ホール(2025年10月2日)
佐々木大輔デビュー20周年記念試合 ○佐々木大輔&エル・デスペラードvs石川修司&アントーニオ本多×
佐々木がデビュー20周年記念試合で新日本のIWGPジュニアヘビー級王者・デスペラードとのタッグで石川&本多に快勝。「今日はバンドの正式なデビューだから、次は武道館を目指す」と宣言した。
佐々木はディック東郷が主宰したプロレススクール「SUPER CREW」に1期生として入校し、2005年10月22日にデビュー。翌年からのメキシコ修行でルチャリブレを学び、帰国後の2008年よりDDTに参戦。2011年、2012年と新日本の『BEST OF THE SUPER Jr.』に2年連続出場。2016年4月に初戴冠を果たして以来、KO-D無差別級王座を通算3度腰に巻いた。ヒールながら卓越したレスリングテクニックを持ち合わせ、プライベートでは酒とロックをこよなく愛する男だ。
今大会にはDAMNATION T.Aのメンバーを筆頭に、師・東郷、同期生のKUBITO、勝見尚宏、縁が深かった藤田ミノル、大和ヒロシ、宮本裕向らも出場。佐々木はこの日のオープニングに自身がボーカルを務めるロックバンド「CHANNEL D」のメンバーとして登場。熱唱で記念大会の幕開けを告げた。第2試合後には佐々木と親交の深いバンド「HEAD PHONES PRESIDENT」が生ライブを披露した。
メイン前、「VANISHING」がライブを行い、佐々木は生演奏によるテーマ曲「helvetti」に乗って登場。その隣に立ったデスペラードとは2023年7・23両国大会で一騎打ちを行い意気投合。2年余の月日を経て相思相愛タッグを組むことになった。対峙するのは元DAMNATIONメンバーの石川と、佐々木のプロレス人生において欠かせない男・本多の2人。8・30墨田区大会で脇腹を骨折して欠場していた佐々木は記念試合が1ヵ月ぶりの復帰戦となった。
開始早々、本多がつまずき、「創作昔話ごんぎつね」を披露しようとしたが、佐々木が阻止。ならばと石川が場外で佐々木をジャイアントスイングでぶん回すなど大暴れをみせた。その後、佐々木は負傷箇所の脇腹を狙われ、苦しい展開が続き、デスペラードも本多シャイニングごんぎつねを食らった。
佐々木とデスペラードも石川にサンドイッチ攻撃で反撃するものの、佐々木が狙ったタカタニックは決まらず。本多が鼻つまみ、バイオニックエルボー、TTD、ダイビングフィストドロップと怒とうの攻めに出て、佐々木はピンチを迎えた。
するとデスペラードがカットに飛び込み、本多にピンチェ・ロコを敢行。佐々木もダイビングエルボードロップを投下した。本多がナックルパンチによる殴り合いに持ち込んでも、レフェリーの死角を突いての急所蹴りで返り討ち。ミスティカ式クロスフェースで捕らえると、ミスティカ式クロスオーバーフェースロックに移行してギブアップを奪った。
佐々木が記念試合を自らの勝利で飾った。試合後、「HEAD PHONES PRESIDENT」の面々がリングに上がり、佐々木に記念品を贈呈。マイクを持った佐々木は「プロレスって痛いですね。1ヵ月ぶりのプロレスは痛いし、疲れるし…。10月22日で20周年。プロレスは20年やっても飽きないね」と振り返ると、「やっぱり俺の人生はここに立つしかないみたいだし。今日はバンドの正式なデビューだから、次は武道館を目指す。作戦通り、デスペラードにおんぶにだっこで勝った」と武道館進出をぶち上げつつ勝ち誇った。
そして佐々木は首の負傷で療養中の高梨将弘に言及。「オイ、マサ! 見てんのか? お前をここで待つとか言わねぇ。お前はお前で生きろ! 俺は俺でここで生きる。生きてたら、またそのうち会えるだろう。だからとにかく生きてろ!」とと戦友にエールを送った。最後に「お客さんもそうだ。みんな生きて、またここで。いや、違う。武道館で会おう。今日だけは言うよ、サンキュー!」とこの日ばかりはファンに感謝して締めた。
バックステージではノーサイド。4人でコメントスペースに現れ、佐々木は「俺はバンドに専念する。20年後、40周年でこのメンバーで会おう!」とデスペラード、石川、本多にメッセージを送った。