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7/19【全日本】マサ斎藤さんは「心の師」 宮原が決意新た「遺伝子を受け継いでる一人として毎日毎日全力で」

『2018 SUMMER ACTION SERIES』栃木・ホテルエピナール那須(2018年7月19日)
○宮原健斗&ヨシタツ&青柳優馬vsジェイク・リー&崔領二&ディラン・ジェイムス×

 宮原が「心の師」マサ斎藤さんの死去を受け、「マサさんの遺伝子を受け継いでる一人としては恥ずかしい姿は見せられない」とこれからも“マサ斎藤スピリッツ"を胸に戦っていく決意を示した。

 今月14日、マサ斎藤さんが75歳で亡くなった。健介オフィス出身の宮原は2007年の入門以来、健介オフィスのアドバイザーだったマサさんを師と仰いだ。訃報を受け、マサさんと対面したという宮原は「入院している時にお見舞いに行かせていただいたりもしたんですけど、会ってない年月が長いと、信じられないというところが…実感がない」と心の整理がついていない。

 マサさんから多くのことを教わり、学んだというが、中でも一番影響を受けたのはプロレスラーとしての心構えだった。「18歳の少年にいろいろ教えてくださいましたからね。技術はもちろんですけど、やっぱりスピリッツの部分ですよね。心の部分でプロレスとは何かというものを教えもらった」と当時を振り返った宮原は、マサさんから言われた「レスラーたるものお金を取っているんだから、それに見合う体を作れ」との言葉を胸に刻み、今日までプロレスラーとして戦い続けてきた。

 「プロレスに対する心構え、プロレスラーとは何ぞやっていうものを教えてもらいましたね。心の師匠、心の師みたいな感じ」。マサさんが亡くなっても、マサさんイズムはこれからも宮原の中で生き続ける。「マサさんはやっぱりプロレスに対してピュアだったんで、ピュアに追いかけてきたから、それが僕の根底にあるし、そういうプロレスに対する姿勢を教わったのかもしれないですね。僕もプロレスというジャンルをピュアに追いかけてるんで」と懐かしそうに振り返った宮原は、「確実にマサさんのスピリッツみたいなものは僕の血に流れてるんで、それは別に今だからということもなく、それはずっと流れてるもの」とキッパリ。「マサさんの遺伝子を受け継いでる一人としては恥ずかしい姿は見せられないですね。やっぱりそれはマサさんに『お前、しょっぱい体してんな』ってマサさん節で言われますからね。『しょっぱい試合してんな、しょっぱい体してんな』って言われないようにね、これから毎日毎日全力で……全力でやることは変わらないですけどね、それは変わらずにやりたい」との誓いを立てた。

 この日はメインイベントの6人タッグマッチに登場。マサさんに届けとばかりに躍動し、シャットダウン・スープレックス・ホールドでジェイムスに快勝すると「最高」マイクで締めた。

 宮原がこれからもプロレス界で活躍し続けていくことがマサさんに対する一番の恩返し。三冠王者として、全日本のエースとして、最高男はこれからも“マサ斎藤スピリッツ"を胸に全力投球で戦い続ける。

【宮原の話】(試合前)
――師匠・マサ斎藤さんが亡くなったが?

▼宮原「世の中に出る2日前か1日前、本当に亡くなってすぐだったと思うんですけど、お知らせいただきました。長野の上田大会(7月16日)の日の午前中にマサさんにごあいさつに行って、その日にマサさんの顔をみさせていただきました。そうやって先にお知らせいただいて、やっぱり顔を見たいというか、ごあいさつに行きたいと思っていたので行かせていただきました」

――訃報を聞いた時、どんな思いがよぎった?

▼宮原「そうですね。信じられないというか、やっぱり入院している時にお見舞いに行かせていただいたりもしたんですけど、会ってない年月が長いと、信じられないというところが…実感がないというのが今の心境ですね」

――宮原選手にとってマサ斎藤さんはどんな存在だった?

▼宮原「プロレスに対する心構え、プロレスラーとは何ぞやっていうものを教えてもらいましたね。心の師匠、心の師みたいな感じですね」

――マサさんから言われた言葉で残っているものは?

▼宮原「何ですかね。難しいですね。一言でなかなか言い表しづらい部分がありますね。18歳の少年にいろいろ教えてくださいましたからね。技術はもちろんですけど、やっぱりスピリッツの部分ですよね。心の部分でプロレスとは何かというものを教えもらったですね」

――マサさんは健介オフィスのアドバイザーだったが、多くのアドバイスをもらったりしたのでは?

▼宮原「ありましたね。基礎的な部分も毎日毎日、教えていただいてました。何よりプロレスラーとは何かというのが一番ですかね。やっぱり日々、体を作ることの大切さとか、お客様に見せられる体を作るという心構えというか気持ちが凄かったですね。『プロレスラーは体を使う商売だから』とはおっしゃってましたね」

――技術面で参考にしているものは?

▼宮原「イチレスラーとしてファイトスタイルがまた違うし、難しい部分があるけど、やっぱり心の部分が大きいかな。動きとしてはだらしない体にはならないことを一番教えてもらったですかね。『レスラーたるものお金を取っているんだから、それに見合う体を作れ』というのがありましたよ。それが一番だった気がしますね、日々の中では。マサさんがいるのが当たり前の生活だったから、もしかしたら、そういうものはこれから気づいていくものが多いかもしれないですね。(場内にマサさんのテーマ曲『THE FIGHT』が流れてきて)僕もこうなってマサさんの曲を一人で聴き返したりしてたんですけどね。やっぱりプロのレスラーってものを教わったですね」

――裸一貫でアメリカを渡り歩いてトップに上り詰めた人だが?

▼宮原「そうですね。普通に会話していて、『パンツ一丁で世界を回れる商売、仕事だ』っていうのは言ってましたね。夢があるなっていうか。マサさんはやっぱりプロレスに対してピュアだったんで、ピュアに追いかけてきたから、それが僕の根底にあるし、そういうプロレスに対する姿勢を教わったのかもしれないですね。僕もプロレスというジャンルをピュアに追いかけてるんで、それはマサさんに教わった気がします。プロレスに対するピュアな姿勢ですね。僕もいろいろ振り返ってたんですけど、それが一番大きいですかね。マサさんってあの年齢になってもプロレスに対することをしゃべる時、凄く目がキラキラしてましたから。別に上から目線で何かを言うのではなくて、本当にプロレス村に生きる同じ者としてお話してましたね。僕、マサさんのプロレス話を聞くのが好きだったんで、いろいろ聞き出してましたよ。そういう経験をしたことない話を聞くのが大好きなんで」

――そのマサ斎藤イズムを受け継いでこれからも戦っていくことになるが?

▼宮原「確実にマサさんのスピリッツみたいなものは僕の血に流れてるんで、それは別に今だからということもなく、それはずっと流れてるものだと思います」

――マサさんに報いるためにも、これから宮原選手がさらに活躍していくのが一番の恩返しになるが?

▼宮原「そうですね。あとはプロレスラーとしてそういうものをやっぱりマサさんのスピリッツというものは、マサさんの遺伝子を受け継いでる一人としては恥ずかしい姿は見せられないですね。やっぱりそれはマサさんに『お前、しょっぱい体してんな』ってマサさん節で言われますからね。『しょっぱい試合してんな、しょっぱい体してんな』って言われないようにね、これから毎日毎日全力で……全力でやることは変わらないですけどね、それは変わらずにやりたいと思います」

――マサさんに顔向けできないようなことはできないと?

▼宮原「できないですね。恥ずかしい体、恥ずかしい試合はできないですよ」

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