“滑舌悪い”でおなじみ・天龍源一郎の著書を批評!文章はとても流暢だった!?

天龍が、頭の上がらない人物って?尊敬する人物は? プロレス書評・天龍源一郎編!
今月は“スポーツ&芸術の秋”。今回のテーマは“読書の秋”ということで、11月に引退を控えた天龍源一郎の熱き自著たちを読み比べ!
■雨の中、道路を飛びだした天龍
某宴席でのこと、ある記者が帰ろうとすると、いちはやく道路に飛びだし、タクシーを停める天龍源一郎の姿があった。そして、紙幣を差し出して言うには、「今日はありがとう。これ、少ないけどタクシー代」。男気や、その器のデカさとともに語られて来た天龍選手も、本年11月15日に引退となる。今回は、4冊出ているその著作を紐解いてみたい。
■「娘は、長州と、ウォリアーズファン」
処女作と言えるのが「宣戦布告」(冬樹社・90年)。天龍が全日本プロレスを辞め、新団体SWSに身を投じるまでを中心に語られており、その後の流転のプロレス人生から比べれば内容は薄め。だが、それだけに家族について多くのページを割いているのが特長。家で何が起こっても一切それを天龍に悟られず家庭を守って来た妻・まき代さんや、プロレス入りに反対しながら、地元での第1戦をリングサイドで声を嗄らして応援した父・源吾さん。改めて家族の支えなしには天龍という存在は成立し得なかったのだと実感出来る。因みに家業の農業は弟が継いでおり、長男・天龍は同著の中で、「一番頭が上がらないのは、弟」と語っている。
■「プールで練習したドロップキック」
2冊目の「瞬間(いま)を生きろ!」(竹書房・94年)は、新日本での猪木戦までを語ったもの。史実を辿りつつ、「どこかで誰かがお前を見ている」「今を生きろ!」と随所に炸裂する天龍節のバランスも絶妙。SWS崩壊も、仲間たちの熱き檄で再び立ち上がる天龍。「俺たちがいるもん。源ちゃんは思う通りにやっていいんだよ」(阿修羅原)「やりましょう!」(冬木弘道)。この下りだけでも天龍ファンにはマストの1冊。なお、天龍が尊敬する人物として松任谷由美とメジャー・リーグに挑戦した元NBA選手、マイケル・ジョーダンが挙げられており、前者は、「何万人を相手に、1人でステージで勝負している」、後者は、「それまでの地位を捨てられるスケールのでかさ」がその理由。どちらも天龍の闘いざまに通底しないだろうか?
3冊目の「天地に愧じず」(ビレッジセンター出版局・98年)は、著者に天龍の名こそあるが、内容は記者による著述で、コアなファンにはやや残念な出来。その分、客観性と読みやすさがあるので、プロレスラー・天龍を1から知るのに最適だろう。
■「天龍、飛行機は中華航空にしろよ。軍事力を考えれば安全だから」(ブロディ)
そして最新作である「七勝八敗で生きよ」(東邦出版・07年)は、これまでの著作とは違い、三沢、武藤ら、他のレスラーへの言及がたっぷり。時間が30分でも空くとジムに天龍を誘ったマサ斎藤や、深夜番組に出演も、自身が一言も喋られなかった事件の真実など、知られざる逸話も満載だ。天龍ファンでなくとも、その詳細な内容から、お勧めしたい。
随分前だが、筆者の大学に天龍選手が講演に来たことがあった。その際の司会は、天龍と知己のアナウンサー、W氏。彼は同大学のOBでもあり、その恩師も控室に挨拶に訪れた。すると天龍は、自らは立ち上がり恩師に椅子を勧め、一言。「Wさんには、いつも御世話になって……」
駆け抜けた内容の濃いプロレス人生は、そんな天龍の他人への心が生ませた歴史だったように思う。引退の瞬間を、心して見届けようではないか。
(文/鳥浜 英佐)