
プロレス通信簿
GHCジュニアヘビー級選手権試合
[王者]タイチvs小峠篤司[挑戦者]
■:タイチ / ■:小峠篤司
「ある席に俺は座ってるからかかってこいと挑発され、その席番号をTwitter上で晒した。」
鈴木軍・タイチによる某日のSNSでの書き込みである。
結局、そのファンによる挑発自体がデタラメだったが、試合はそんなタイチのナチュラル・ヒールぶりが際立つ結果となった。
タイチは鈴木軍の中でも、最も悪のスタンスに徹している感。
入場曲をエア・ボーカルで歌いながら入場し、ベルトを蹴り上げ、場外へ落下させる。試合も、ポイントで顔面掻きむしりを多用し、小峠に連続攻撃をさせない。試合後は浅子覚NOAHトレーナーを次期挑戦者に指名。
堂に入ったヒールぶりだ。
アマレスではインターハイに出場経験があり、エンターテインメント団体「ハッスル」との契約を「バラエティ色が過ぎる」と自ら打ち切った過去があるとは、どちらも思えない。
ここに来て、本人の言う「こ憎たらしいヒール」像を、完全に確立した印象だ。
それは、ほぼ全ての選手がひたむきにプロレスに打ち込むNOAHのリングだからこそ、より目立っていたと言えるだろう。
一方の小峠は、NOAHの中でも、ひときわ真面目な選手。「(鈴木軍の)介入はわかってるから、それを凌駕したい」と語っていた通り、真正面から爽やかなファイト。
鈴木軍の乱入もNOAH勢が防ぐという試合の展開もあり、終盤は高い技術力を含め、上手く自分を出していた。
絵に描いたような、小悪党と好漢の戦い。
互いがスタイルを見事に通したという意味では、間違いなく好試合だった。
だが、会場の空気を見るにつけ、そう思ったNOAHファンはいないのではないか?NOAHには今まで、汚い手を使うヒールはいなかった。ヒールはあくまで“敵側"なだけであり、内容で見せて来たプロレスだった。
なので、悪への免疫がなく、例えば、鈴木軍をブーイングで出迎えるなどの行為への馴れもない。
反則行為にヒートするのではなく、ただ、白けてしまうのだ。
今までNOAHが真剣にプロレスに打ち込み、それがファンに余りに浸透している証拠でもあるのだが。
古い話で恐縮だが、新日本プロレスがビートたけし率いるTPGなるヒール軍と戦う際、評論家のこんな内容の意見があった。
新日本には本当のヒール(憎まれ役)がここ数年いなかった。なので「新日本は甦る」と。(週刊朝日1987年12月)。
しかし、結果は会場で大暴動が起き、プロレス史上に残る汚点となった。
完全なヒールで盛り上げるフォーマットは、特に現代のリングでは難しいのではないか?という提言とともに、NOAH側が戦いの本質を忘れぬよう、改めてエールを送りたい。
プロレスライター 鳥浜 英佐