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3/11【リアルジャパン】メインのキッドさん追悼試合へスミス「私の中に宿る彼のファイティングスピリットをお見せしたい」 3・15後楽園全カード決定

 リアルジャパンは11日、3・15後楽園大会の全カードを発表。「アレクサンダー大塚&岡林裕二&納谷幸男vs崔領二&鈴木秀樹&神谷英慶」など4試合が新たに決まり、全6試合が出揃った。

 今大会は故ダイナマイト・キッドさんの実弟でああるマーク・ビリントンさん、生前キッドさんと最も親交の深かった元レスラー、マーティ・ジョーンズの了承を得て開催されるもの。興行売上の一部が遺族に寄付させる。当日はダイナマイト・キッド追悼セレモニーが行われ、ゲストとしてキッドさんとゆかりのある小林邦昭、タイガー戸口、北原光騎、山崎一夫が登壇する。

 メインイベントはダイナマイト・キッド追悼試合「スーパー・タイガー&デイビーボーイ・スミスJr.vs船木誠勝&KENSO」。キッドさんとブリティッシュ・ブルドッグスを結成し、日米で活躍したデイビーボーイ・スミス(故人)を父に持つスミスは、「彼は私にとって家族のような存在で、たくさんのことを教えてくれました」とキッドさんを表し、「彼のファイティングスピリットは私の中に宿っており、それをリアルジャパンプロレスでお見せしたいです。また、尊敬するプロレスラーであり格闘家である船木誠勝選手と対戦できることを楽しみに思います」と意気込んでいる。同大会の全カード、出場4選手のコメント、初代タイガーマスクのインタビューは以下の通り。

☆3/15(金)東京・後楽園ホール『初代タイガーマスク 佐山サトル ストロングスタイルプロレス〜“爆弾小僧"ダイナマイト・キッド追悼興行〜』17:30開場、18:30開始

◇第1試合◇
伊香保京介
柴田正人
(1/20)
倉島信行
雷神矢口

◇第2試合◇
レブロン
岩崎孝樹
(1/30)
松本崇寿
間下隼人

◇第3試合◇
ロッキー川村
(1/30)
タカ・クノウ

◇第3試合後◇
▼ダイナマイト・キッド追悼セレモニー
[登壇ゲスト]
小林邦昭
タイガー戸口
北原光騎
山崎一夫

◇第4試合◇
神谷英慶
鈴木秀樹
崔領二
(1/30)
納谷幸男
岡林裕二
アレクサンダー大塚

◇第5試合◇
ブラック・タイガー
TAKAみちのく
(1/30)
橋本大地
タイガーマスク

◇第6試合◇
▼ダイナマイト・キッド追悼試合
KENSO
船木誠勝
(1/60)
デイビーボーイ・スミスJr.
スーパー・タイガー


【デイビーボーイ・スミスJr.のコメント】「今回、ダイナマイトキッド追悼興行のメインに出場することはとても光栄です。彼は私にとって家族のような存在で、たくさんのことを教えてくれました。ダイナマイトキッド対タイガーマスク戦はプロレスにとって革命的な試合であり、私の愛してやまない試合でもあります。彼のファイティングスピリットは私の中に宿っており、それをリアルジャパンプロレスでお見せしたいです。また、尊敬するプロレスラーであり格闘家である船木誠勝選手と対戦できることを楽しみに思います。今回、このような機会を設けていただいたリアルジャパンプロレスに感謝いたします。ダイナマイトキッドも喜んでいることでしょう」

【船木誠勝のコメント】「キッド選手の思い出。まだ新弟子の頃です。外国人選手のバスが会場に着くとすぐにウエイトトレーニング室へ行き、スミス選手と二人で黙々とトレーニングしていた姿を思い出します。そして、来日する度に身体が大きくなって来るのが印象的でした」

【KENSOのコメント】「子供の頃に見ていた、ダイナマイト・キッドさんの追悼試合に出させて頂き、大変光栄です。また、全日本プロレス時代に公私ともによくお付き合いをして頂いた船木さんとタッグチームを組ませて頂く事、大変楽しみにしております。何卒 宜しくお願い致します」

【タイガーマスクのコメント】「この度、私の師匠佐山先生のリアルジャパンプロレスに7年振りに参戦する事になりました。今回の大会は、ダイナマイト・キッドさんの追悼興行という事で、出場出来る機会を与えていただき大変有難く思います。私は1度、キッドさんからアドバイスをいただいた事がありました。その時の事は今でも鮮明に覚えています。佐山先生と共に今の我々ジュニアの礎を築き、また名勝負を幾度となく作り上げてきたキッドさんの功績は計り知れません。キッドさんは、間違い無く佐山先生の隣でこの大会を見ていると思います! 今一度、佐山先生とキッドさんが戦っていた試合を原点とし、キッドさんに捧げられような試合をして追悼興行を成功に導きたいと思っています」


【初代タイガーマスク インタビュー】
――佐山さんが、ダイナマイト・キッドの名前を知ったのはいつでしょうか。

▼初代タイガー「(1980年)イギリス遠征していたときの会場での控室です。サミー・リーの時代ですね。どこの会場だったかはおぼえていないのですが、みんなが言っていたんですね。“ダイナマイトが帰ってくる!"“トミー(トーマス・ビリントン=キッドの本名)が帰ってくる!"って。それがダイナマイト・キッドだったんですね。すごい人気でした。なんでこんなに人気があるんだろうと、そのときは不思議でしたね。当時、ボクはダイナマイト・キッドというレスラーのことはまったく知らなかった。(海外修行で)メキシコからイギリスに移ってきたときですから」

――キッドがカナダに遠征し、イギリスに一時帰国したときのことだと思います。

▼初代タイガー「そうですね。みんなが話題にしているけど、ボクはわからなかった。そうしたら、あるレスラーが“サミーは(ダイナマイトを)知らないのか?"と言うんですよ。“日本でも活躍してるのに"って」

――当時はすでに国際プロレスに来日したあとですよね。

▼初代タイガー「そうでしょうね。ただボクはメキシコから海外に出ていたので、その頃に来日した外国人選手についてはまったく知らなかったんです。名前を聞いてどんな選手なんだろうと気にはなりましたけど、あそこまでの選手だとは思わなかったです。それだけ騒がれるんだからメインイベンターなんだろうなとは思いましたけどね」

――実際に姿を見たのは?

▼初代タイガー「これもまた、イギリスにいたときですね。どこかの控室に来たときに姿を見ました。これもどこの会場かはおぼえていないんですけど、控室を訪ねてきたんですよね。試合ではなかったです。試合を見たことはないです。ボクは試合に出たと思いますけど、ダイナマイトはそのときは試合ではなかったと思います」

――試合をしたことはありませんが、印象は?

▼初代タイガー「好青年ですね。好青年。みんながいいヤツだと言うんですね。すごい好かれてる選手だなと思いました。実際、その通りの性格でしたね」

―― 一時帰国後またカナダに戻ってしまうので、イギリスではほとんど接点がなかったですよね。

▼初代タイガー「そうですね。一回しか会ったことないですから」

――お互いベビーフェースですし、対戦する機会もなかった。

▼初代タイガー「なかったですね。そのときはまさか日本で対戦することになるとは思わなかったですし、そういったことはまったく考えていなかったです」

――1981年4月23日、佐山さんが日本に帰国し、蔵前国技館でタイガーマスクとしてのデビュー戦をおこなうわけですが、ダイナマイト・キッドが対戦相手と知ったのは?

▼初代タイガー「帰国命令が出て慌ただしかったですからね、イギリスにいるときではないと思います。おそらく、日本に帰ってきてからですね。ただ、相手がダイナマイトだと知ったときには、イギリスにいたアイツだなとは思いました。名前はよく聞いてましたからね」

――実際に姿を見ていかがでしたか。

▼初代タイガー「いい身体をしてるなと。ただ最初はそれくらいであまり印象には残っていないんです」

――タイガーマスクへの変身、自分のことで精一杯だったからでは?

▼初代タイガー「もちろん、そうなんですよ。相手のことを考える余裕なんてないです。リング上で対した瞬間も、そんなにイメージが沸かなかったですね。それよりも自分が馬鹿にされている、笑われている感じが、まわりからすごく伝わってきてたんですよ」

――デビュー戦でのマスク、マント姿から?

▼初代タイガー「ハイ。相手どころじゃない、恥ずかしくて早く帰りたいという思いだけでした」

――試合がはじまったとき、佐山さんはタイガーマスクになると意識して動いていたのか、それともサミー・リーの動きをそのままやっていたのか、どちらでしょうか。

▼初代タイガー「サミー・リーです。イギリスそのままのサミー・リー。見た目はタイガーマスクだけれども、自分はタイガーマスクにはなりきれていない。タイガーマスクがなんなのかわからないですから、サミー・リーの動きをそのまましたんです」

――ただ、その動きこそが衝撃的で、タイガーマスク出現の瞬間でもありました。

▼初代タイガー「そうだったんでしょうね」

――試合中のダイナマイト・キッドはいかがでしたか。

▼初代タイガー「いやあもうビックリしました。海外でもいろいろ試合をやってきましたけど、あんな選手は初めてでしたね。試合が進むにつれて、なんだコイツはって感じで。技のキレというんでしょうか、迫力というんでしょうかね。一発一発にかけるパンチ、キックの重さ。これがすごかった。長州(力)さんみたいな感じなんでしょうね。とにかくすごい迫力できたのでビックリ、圧倒されてました。気持ちの中では早く帰りたいと思っていたんですけど、同時になんだコイツはと圧倒されてた。闘っていくうちにどんどん圧倒されて」

――焦っていたと?

▼初代タイガー「焦りました、焦りました。あとになってすごい選手だったと感激したんですけど、試合をしている最中は焦りしかないですね」

――海外修行中に闘った選手でキッドに近いレスラーはいましたか。

▼初代タイガー「いや、いないですね。“ローラーボール"マーク・ロコ(初代ブラック・タイガー)も素晴らしい選手ですけど、攻め方、タイプが全然違います。ロコは次から次へと技を仕掛けてくるんですけど、ダイナマイトは一発一発のすごさでくる。普通、ああいう選手はバテるんですけど、まったくバテないでしたからね。どこまでやるんだコイツ、と思いながら闘っていました」

――相手のダイナマイト・キッドは、タイガーマスクが佐山さんだということはわかっていたのでしょうか。

▼初代タイガー「わかっていたと思います。サミー・リーだということはわかっていたと思います。ボクのことをサミーと呼んでましたし、イギリスで対戦したことはなかったけど、ボクについての噂は絶対に聞いているし、いろいろ現地で話を聞いていたみたいですよ」

――“初対戦"に向けて情報を収集していたと。

▼初代タイガー「そう思います。(タイガーとしての)ボクの動きはサミー・リーですから、その情報をもとに向かってきたのだと思いますよ」

――ダイナマイト・キッドの師匠はテッド・ベトレーという元レスラーです。ベトレーはタイガーマスクとも日本で対戦したスティーブ・ライトの師匠でもあります。ライトが一番弟子で、その成功からキッドを育てた経緯があります。

▼初代タイガー「なるほど。基本がしっかりしているというところで共通していますね。スティーブ・ライトさんは、ボクが若手の時代から日本に来ていた選手。大先輩です。ただ、ダイナマイトとそういうつながりがあったのは知らなかったです。でも言われてみると、確かに共通点があるような感じはしますね。ただ、動きに関しては違うんですよ。スティーブ・ライトさんとダイナマイトの動きはまるで違う。一発一発のすごさはダイナマイト。スティーブ・ライトさんは、技なんです。でもダイナマイトは技ではないんですよね。迫力なんです。まるで技を無視しているかのような一発ごとの迫力なんですよ。当時はわからず、あとからわかったことですけど、ダイナマイトはプロレスに命を懸けてる。つまり、プロレス度胸が最高なんです。バンプ(動き)もすごいですからね。いまはそういう選手っていないでしょう。命を懸けると言っても、いまのそれとは意味が違うんですね。最近のレスラーでも試合で命を懸ける瞬間はあると思います。が、それは危険な技をやるということ。キッドの場合、勝負をみせるためなんです。エルボー一発も命懸け。命を懸ける気持ちを全身で表現できる。ケンカを見せるプロみたいなところがありましたね。そこがいまのプロレスと違うところかなと思います」

――タイガーマスクとキッドはライバル関係を構築していきます。ライバルだと感じるようになったのはいつ頃からでしょうか。

▼初代タイガー「初戦はとにかく必死ですからね。ライバルになるだろうとか、そういう感じはまだなかったですね」

――第2戦は翌年、82年1月1日、後楽園ホールでのWWF認定ジュニアヘビー級王座決定戦。3度目が同じ月の28日、東京体育館でタイトルマッチの再戦をしています。

▼初代タイガー「元日の試合が、いい試合ではなかったんですよ。ボクが体調を壊していて」

――前年の12月に足をケガしてからの復帰戦でもありました。

▼初代タイガー「あまりいい試合ではなかったんですが、その次あたりからですかね。3回目のシングルあたりからじゃないかと思います。そのくらいからこのカードが軌道に乗ってきた感覚はあります。タイガーマスクの人気も出てきたし、ダイナマイトは本当にすごい選手でした」

――通算で7回シングルマッチをおこなっています。タイガー選手の5勝1敗1引き分け。とくに思い出深い試合は?

▼初代タイガー「デビュー戦と、(82年8月30日)ニューヨークでの試合。あと、(82年7月23日)金沢で反則負けになった試合も思い出深いですね」

――ニューヨークでの試合は、マディソン・スクエア・ガーデンでした。

▼初代タイガー「あの試合はボクがすごく緊張したんですよ。マディソンを試合前に見ちゃったんですよね」

――場内を、ですか。

▼初代タイガー「そうです。控室からパッと見てしまったんですよ。そしたらお客さんが満員で、ヒザがガクガク震えたんです。武者震いなのか、ビビって震えたのかわからないんですけど」

――日本の満員とはひと味違う感覚でしょうか。

▼初代タイガー「そうです。ニューヨークですからね、敵地と言ったら失礼ですけど、ふだんとは違いましたよね」

――ニューヨークでのダイナマイト・キッドはいかがでしたか。

▼初代タイガー「あのときもまた、すごい切れ味でしたね」

――金沢での試合は?

▼初代タイガー「フェンスアウトで反則負けになったことをおぼえています。タイガーマスクになって初めての負けだったので。まあ、ダイナマイトはボクがいつ負けてもおかしくない相手でしたから」

――キッドのほかにもタイガーマスクにはライバルがいました。キッド、ブラック・タイガー、小林邦昭が3大ライバルと言われます。

▼初代タイガー「みんなそれぞれ素晴らしいです。しかもそれぞれタイプが違う。ダイナマイトは一発一発が目立つ、身体もすごい。それで最大のライバルだと言われるんでしょうね。ライバルと言われる人はみんなすごいけど、なかでもダイナマイトはすごいライバルでしたよ」

――ダイナマイト・キッドと対戦するとき、なにか心構えのようなものはありましたか。

▼初代タイガー「もちろん、ありました。相手の動きに耐えるということでしょうね。そしてこっちも動きで負けないということですね。キレ負けしないということですかね。ダイナマイトの動きはキレがすごいですから、そのキレに負けないように動かないと。アイツはパワーでやってきて、そのパワーにキレがある。ボクは技のキレで対抗するしかない。切れ味で負けないという意識ですよね」

――キレがあれば技の威力が増す。見る方からすれば、キレのある方が上位に見えます。

▼初代タイガー「自然とそうなりますよね。お互いにキレがあったと思うんですよ。それで負けてはいけないと対抗していました。たとえば小林邦昭さんとだったら、技の応酬。セメントのグチャグチャしたようなところで根性というんでしょうか。そういうところのせめぎ合いなんですよね。ダイナマイトは根性というよりもキレ。名前の通り、本当に爆発するような選手でした」

――ブラック・タイガーは?

▼初代タイガー「ブラック・タイガーは根性とキレ、両方持っているような。しかもネチネチ攻めてくる。次から次へとね。たとえてみると、ダイナマイトは雷、夕立みたいな感じなんですけど、ブラック・タイガーは梅雨みたいに長く時間をかけて。ただイギリスで闘っていたときはそうではなかったんですよ。イギリス時代はダイナマイトみたいな試合でした。だけど日本ではラウンド制ではないので闘い方を変えてきたんでしょうね。スタミナがすごいあったし、ブラック・タイガーは日本でやるようになってずいぶん変わったなあと思いました」

――暗闇の虎としてマスクを被ったことで、あえて変えてきたのかもしれません。

▼初代タイガー「そう思いますね。そこがマーク・ロコのすごいところですね」

――では、タイガーマスクがダイナマイト・キッドから得たものとはなんでしょうか。

▼初代タイガー「やっぱり迫力、キレの大切さ。技の一発一発の迫力ですよね。全部の技でそれをやってくるんですよ。一発一発に命を懸けている。そういうところで勉強になりましたね。また具体的にはツームストーンパイルドライバーからのダイビングヘッドバットという流れをもらいましたね。ダイナマイトの動きからか盗んだところもかなりありますよ」

――タイガームーブはダイナマイト・キッドから刺激を受けたものも多いと。

▼初代タイガー「多いですね。かなりあります。あそこまでの迫力は出せませんけども、かなり盗んだつもりです」

――ツームストーンパイルドライバー、ダイビングヘッドバットをやるようになったことについて、具体的なきっかけはあったのですか。

▼初代タイガー「仕返しみたいなところもあると思いますよ」

――やられたので、やり返した?

▼初代タイガー「そうです。いい技ですからね。やってみたら自分にもこのパターンは合ってると思えたので、ほかの選手との試合でも使うようになったんです。結果的に、タイガーマスクにピッタリの技だったと思います」

――そして昨年12月5日、まさに60歳の誕生日に亡くなられてしまったのですが。

▼初代タイガー「ある程度の覚悟はしていました。具合がよくないというのはかねてから聞いていましたから…。意識もあまりないと。でも、最後は家族に看取られてよかったかなと思いますね」

――弟家族ですね。

▼初代タイガー「ハイ」

――訃報の翌日、12月6日にリアルジャパン「原点回帰プロレス」の後楽園大会がありました。

▼初代タイガー「それも凄く不思議ですね。ダイナマイトは(セレモニーをおこなった後楽園に)いたと思います」

――全世界を通じても、リアルジャパンが追悼の10カウントゴングをおこなった最初の団体になりました。

▼初代タイガー「そうかもしれませんね。そこにも不思議な運命を感じます」

――ところで、キッドの2人の甥がプロレスデビューしたのですが。

▼初代タイガー「弟の息子ですか」

――ハイ。

▼初代タイガー「17歳と15歳? そうなるとまた、昔を思い出しますね。デイビーボーイ・スミスはデビュー当時すごい細かったんですけど、みるみるうちに大きくなっていったんですよ。ダイナマイトもデビュー当時はすごく細かったと聞いてますけど、彼もみるみるうちに大きくなっていった。なので、若い彼らが成長していくのも楽しみにしたいですよね」

――キッドは生前、甥っ子のデビューを弟のマークさんから聞かされ、実際に会っているそうです。ただ残念ながらライブで試合を見る夢は叶わなかった。それでもキッドの遺伝子は今後も彼らによって受け継がれていきそうです。昨年夏、練習の様子を見てきたのですが、すでにダイナマイト・キッドの動きに瓜二つの部分があります。とくに兄のトーマスはナチュラルにそっくりですよ。

▼初代タイガー「楽しみだなあ。それは、なによりもうれしいですね」

――リアルジャパンでは3月15日にあらためて追悼興行を開催しますが。

▼初代タイガー「やっぱりダイナマイトに捧げる、いい興行にしたいですよね。闘う選手たちもそういう気持ちの中でやってもらいたいと思います。やっぱり、プロレスは技以上に迫力、魂だと思うんですよね。そういうところを私たちは見習っていますよという試合を(出場選手たちに)してもらいたいなと思います」

――それこそがストロングスタイルですからね。

▼初代タイガー「そうです。ダイナマイトの迫力イコール、ストロングスタイルです。技だけがストロングスタイルではない。魂のこもったストロングスタイルを受け継いでもらえれば。そういった大会になればと思います」

――では、佐山さんにとってダイナマイト・キッドとは?

▼初代タイガー「ダイナマイトがいてくれたからタイガーマスクがいたんだということは、十分わかってます。やっぱり最大のライバルのひとりであり、彼の思いを我々が受け継いでいかなければいけない。プロレスに命を懸けていたダイナマイト。ダイナマイトの魂を引き継ぐ、それが一番求められることだと思います」
(聞き手・新井宏)

プロ格 情報局