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3/16【大日本】「プロレス観て免疫を!」 旗揚げ25周年メインで伊東がデスマッチ王座返り咲き、藤田ミノル迎撃へ

『大日本プロレス25周年メモリアル 大日本旗揚げ記念日 STARDUST SUPERSTARS』神奈川・横浜文化体育館(2020年3月16日)
BJW認定デスマッチヘビー級選手権試合 蛍光灯316本デスマッチ ○伊東竜二vsアブドーラ・小林×

 旗揚げ25周年興行のメインで伊東が小林を下し、3年8ヵ月ぶりにデスマッチ王座返り咲き。大日本の先輩である藤田ミノルの挑戦表明を受け、5・5横浜文体での迎撃を宣言した新王者は、新型コロナウイルス問題の渦中で来場した観客に、「皆さん、うがい手洗い忘れずに、プロレスを見て免疫力をつけましょう。自粛自粛でストレスなんて溜めている暇ないですよ。みんなで楽しんで、ウイルスなんか吹っ飛ばしましょう」と力強く呼びかけた。

 大日本は1995年3月16日に横浜文化体育館で旗揚げ。そのちょうど25年後となったこの日に、同じ横浜文体を舞台に旗揚げ25周年記念興行が開かれた。新型コロナウイルスの影響で各団体が興行を自粛するなかでのビッグマッチ開催となったが、「入場時の消毒液塗布の義務付け」「マスク着用の強い推奨」などの対策措置がとられた。また、換気を考慮して2階客席後方の窓がすべて開放され、窓の“目隠し"が通例のプロレス興行としては異例の空間のなかでの開催となった。

 そんな状況下で行われたビッグマッチのメインは大日本のデスマッチ戦線を長年引っ張ってきた生え抜きの小林と伊東のデスマッチヘビー級戦。25年周年に相応しい集大成といえる一戦は旗揚げ日にあやかり「蛍光灯316本デスマッチ」で行われた。

 四方のロープに無数の蛍光灯が吊されると、ゴングと同時に2人はリング上を蛍光灯まみれにして、試合はスタート。百戦錬磨の2人は巧みに蛍光灯を利用してせめぎ合った。伊東が主導権を握ったものの、小林はラリアットからアクセル全開に。「ウィー!」とテキサスロングホーンを突き上げると、シャイニングウィザード、バカチンガーエルボードロップに繋げる。伊東の胸板や背中に固定した蛍光灯を手刀で何度も粉砕した。

 伊東も引かない。パイプイスを横向きに開いてリングに並べ、そこめがけて雪崩式ブレーンバスターを強行。小林に大ダメージを与えると、ドラゴンキッカーを叩き込んだ。倒れる小林の身体に蛍光灯を重ねるとドラゴンスプラッシュで勝負に出る。

 直撃を受けた小林だったが、即座にフォールを返すと丸め込んで粘りに粘る。蛍光灯の束やリング上に散乱する破片を何度もぶん投げて抵抗した。だが、伊東も同じように蛍光灯を投げつけると、小林が背中を向けて仁王立ちしても怯まず、ニールキックを回避すると、なおも蛍光灯を投げ続ける。伊東はバケツに入った蛍光灯の破片をリング上にぶちまけるとジャーマンを仕掛けた。

 踏ん張った小林はサイドバスターで大逆転。ケンドー・ナガサキさんが旗揚げ戦のメインで勝利した際に決めたパイルドライバーで伊東をマットに突き刺す。残る蛍光灯を次々と伊東にぶつけると、ダイビングバカチンガーエルボードロップを投下した。沈まない伊東は電源を繋いで点灯した蛍光灯の束を2つ持ち込み、一方を小林に渡して対峙。伊東は小林の脳天に振り下ろすが、小林も頭突きを放って譲らない。それでも伊東はドラゴンキッカーで勝機をたぐり寄せると、最後はドラゴンスプラッシュで死闘を制した。

 伊東が3年8ヵ月ぶりにデスマッチ王座返り咲き。通算7度目の戴冠を果たした。血まみれでマイクを握った伊東は「今、世の中が大変なことになっています。今日も試合開始のゴングが鳴るまで不安がいっぱいでした」と吐露し、「もちろん今日来ないという選択をした人もいると思います。それも勇気のある決断だと思います。会場に来てくれた人も勇気のある決断、ありがとうございます」と集まったファンに感謝。「大日本プロレス25周年ですけど、今日が終わりじゃないです。これから続いていきます。30周年、40周年、50周年とまだまだ頑張っていきます。そして、そのリングのメインイベントに立ちたいと思います」と意気込んだ。

 敗れた小林もマイクを持ち、今年の5月と8月に計3回の横浜文体大会があることを強調し、「その5月と8月で文体は小林というのをこの日本に広げてやるぞ。俺の戦いはまだまだ終わってねえぞ」と早くも巻き返しを誓い、「ドームは棚橋、文体は小林」の雄叫びを連呼した。

 その小林に代わってマイクを掴んだのは今日の第6試合で行われたサソリ&サボテンデスマッチを制した藤田だ。伊東と小林が身体を張って大日本プロレスを守ってきたことを称えたうえで、「この25周年イヤーに、今日のメインで勝ったほうに挑戦しようと思ってました。この俺はまだ伊東竜二とシングルマッチをやったことがありません。デスマッチチャンピオンが伊東竜二になった。願ったり叶ったりだよ。次の挑戦者、俺に名乗りをあげさせてくれませんか」と伊東に挑戦表明をぶち上げた。伊東は「現在プロレス界に21年いて、数少ない年下の先輩・藤田さん。自分がデビューする直前ですかね。大日本から去ってしまって、シングルマッチ1回もやってないですね。初めてのシングルマッチ、デスマッチヘビーのタイトルマッチやりましょう」と承諾。舞台を5・5横浜文体に指定し、ガッチリと握手を交わした。

 最後を締めたのはもちろん伊東。コロナウイルス問題のみならず、大日本はリングトラックや選手バスが故障し、未曾有の危機を迎えているが、「皆さん、うがい手洗い忘れずに、プロレスを見て免疫力をつけましょう。自粛自粛でストレスなんて溜めている暇ないですよ。みんなで楽しんで、ウイルスなんか吹っ飛ばしましょう」と来場した観客に呼びかけて歓声を巻き起こすと、「大日本プロレス、今現在、最大の危機を迎えています。それを乗り越えていくためにも自分は頑張ります。そして、皆さんの力が必要です。これからも大日本プロレスをよろしくお願いします」と力強く宣言し、25周年イヤーをけん引する覚悟をみなぎらせた。


【試合後の伊東】
▼伊東「デスマッチヘビーベルト奪取。もう何回目ですかね? 6回、7回、それぐらいこのベルトを腰に巻いてきました。まだまだ自分はトップに立って、みんなを引っ張っていこうと思います。大日本プロレス25周年、あくまでもスタートです。これからもっともっと飛躍して、大きな団体になっていくために、チャンピオンとして頑張っていきたいと思います」

――改めて対戦した小林選手はどうだった?

▼伊東「タイトルマッチ自体は小林と過去6回、3勝3敗。で、今日で4勝3敗となりましたけども、だからといって自分が強いというわけでもないですし、小林の人間力は改めて凄いと思います。まだまだ同い年ですけど、先輩のアブドーラ小林には負けれない男だと思いますし、もっともっと戦っていきたい。そんな相手だと改めて思いました」

――藤田選手が挑戦表明してきたが?

▼伊東「自分が大日本に入ってすぐ後楽園ホールの日高-藤田戦のあとにミスター・ポーゴが乱入。そこから大日本プロレスを飛び出ていって。みちのくプロレスに行って、またそこを飛び出して。全国、さらには世界各地と回っていた藤田さんですから、先輩でありながら、自分がデビューする前に出ていっているので、シングルマッチという経験がない先輩。そういった中で、初めてのシングルマッチがデスマッチヘビーのタイトルマッチ。デスマッチを始めたのは藤田さんのほうがあとですけど、そういった面ではアブドーラ小林に次ぐ生え抜き2号と戦えるのは光栄ですし、ぜひとも倒したい相手です」

――25周年ということで昔のメンバーも集まったが、懐かしさを感じた?

▼伊東「大日本に久しく上がらなくなっている人たちというのがいろいろ来まして、懐かしいですけど、その間、全部の選手と自分は戦ってますからね。今日来た…川畑さん以外ですね。そういった中で、伊東竜二がここまで成長しているぞ、成長し続けるぞというのを見せれたかなと思います」

――リング上では最大の危機が訪れていると話していたが?

▼伊東「トラック、バスの故障はもちろん、昨今のコロナウイルス騒動で、大日本だけではなく、全てのプロレス、プロレス以外のイベント、エンターテインメント産業がとんでもない危機に陥っていると思うので。そういった点でも。大日本はただでさえ危機の状態に、デカい波が来たと。なので、なんとかこれを乗り越えなければという気持ちですね」

――今回の危機も自分がエースとなって引っ張っていって乗り越えたいと?

▼伊東「過去の危機を伊東竜二がチャンピオンになることによって乗り越えたというふうにはなってますけども、別にその時点で乗り越えてやろうと思って、デスマッチに飛び込んだわけでもないですし、結果的にそうなったというところはありますから。リング上では自分がチャンピオンになって、これを乗り越えてとは言いましたけど、あくまでもキッカケ。それによって周りが大きく流れが変わって、みんなが上に上がって、この危機を乗り越えたいという気持ちですね」

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